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全ての現象はそれ自体の側から独立して存在してはいないということを忘れてはならない-ダライ・ラマ14世さんのお言葉

空海 人生の言葉 (編訳:川辺秀実)


 この本の抜粋をする前に、かつて、あるお方に、こんな時もあるものなのでしょうか、とふと愚痴をこぼしたことがありました。その方は、あ、月だ、と一言仰いました。私はその瞬間に、世界が一変したことを覚えています。



 月をもって月を指すべからず、指をもって月を指すべし。もし利根の人にはかくの如し説くべし。


 月をもって月を指すことはできません。

 指をもって月を指すのです。

 もし優れた資質を持った人に出会ったら、そのように説くべきです。











 心は内に在らず、外に在らず、及び両中間にも心不可得なり。


 心は内にもなく、外にもありません。

 またその中間に存在するものでもないのです。











我が心は無色無形なりと雖(いえど)も、而(しか)も本来清浄にして潔白なること、猶(なお)し満月の如し


 あなたの心は色もなく形もないものであり、本来清らかで透きとおったものです。

 それは美しく輝く満月のようです。










 

 筏(いかだ)に遭って彼岸に達しぬれば、法、已(すで)に捨つべし。


 悟りの世界に至ったら、筏を捨てるべきです。











 音は阿〈上声呼〉。訓は無なり、不なり、非なり。阿字はこれ一切法教の本なり。凡そ最初に口を開くの音、みな阿の声(しょう)あり。もし阿の声を離れては、すなわち一切の言説(ごんせつ)なし。故に衆声(しゅうせい)の母(も)となし、また衆字の根本となす。また一切諸法本不生(ほんぶしょう)の義なり。内外の諸教、みなこの字より出生す。


 音は「あ」。その意味は「不」「非」といった否定語です。阿字というのは、すべての教えの根本です。私たちが最初に口を開くときの音には、阿の音声があります。もしアの音声を離れるならば、すべての言葉はないのです。ですから、阿字はもろもろの音声の母であり、もろもろの文字の根本なのです。また、すべてのものは本来生まれることも死ぬこともない、という意味でもあります。仏教にかかわらず、すべての教えはみなこの阿字に集約されるのです。











 機、因縁を絶ち、言(こと)は、せん(竹冠に全)蹄(てい)を離れたり。


 真実の教えに出会う機会はあらゆる因縁を超え、真実の言葉はあらゆる手段や方法を越えているのです。











以上。