空海 人生の言葉 (編訳:川辺秀実)
この本の抜粋をする前に、かつて、あるお方に、こんな時もあるものなのでしょうか、とふと愚痴をこぼしたことがありました。その方は、あ、月だ、と一言仰いました。私はその瞬間に、世界が一変したことを覚えています。
月をもって月を指すべからず、指をもって月を指すべし。もし利根の人にはかくの如し説くべし。
月をもって月を指すことはできません。
指をもって月を指すのです。
もし優れた資質を持った人に出会ったら、そのように説くべきです。
心は内に在らず、外に在らず、及び両中間にも心不可得なり。
心は内にもなく、外にもありません。
またその中間に存在するものでもないのです。
我が心は無色無形なりと雖(いえど)も、而(しか)も本来清浄にして潔白なること、猶(なお)し満月の如し
あなたの心は色もなく形もないものであり、本来清らかで透きとおったものです。
それは美しく輝く満月のようです。
筏(いかだ)に遭って彼岸に達しぬれば、法、已(すで)に捨つべし。
悟りの世界に至ったら、筏を捨てるべきです。
音は阿〈上声呼〉。訓は無なり、不なり、非なり。阿字はこれ一切法教の本なり。凡そ最初に口を開くの音、みな阿の声(しょう)あり。もし阿の声を離れては、すなわち一切の言説(ごんせつ)なし。故に衆声(しゅうせい)の母(も)となし、また衆字の根本となす。また一切諸法本不生(ほんぶしょう)の義なり。内外の諸教、みなこの字より出生す。
音は「あ」。その意味は「不」「非」といった否定語です。阿字というのは、すべての教えの根本です。私たちが最初に口を開くときの音には、阿の音声があります。もしアの音声を離れるならば、すべての言葉はないのです。ですから、阿字はもろもろの音声の母であり、もろもろの文字の根本なのです。また、すべてのものは本来生まれることも死ぬこともない、という意味でもあります。仏教にかかわらず、すべての教えはみなこの阿字に集約されるのです。
機、因縁を絶ち、言(こと)は、せん(竹冠に全)蹄(てい)を離れたり。
真実の教えに出会う機会はあらゆる因縁を超え、真実の言葉はあらゆる手段や方法を越えているのです。
以上。